ノイ・ベルリン
ノイ・ベルリンは、α海域に位置する島である。
ノイ・ベルリン帝国
| 島名 | ノイ・ベルリン |
| 人口 | 約2,400,000人 |
| 面積 | 119㎢ |
| 農業規模 | 1,650,000 |
| 工業規模 | 1,350,000 |
| 建造レベル | 8 |
| 標語 | Gott mit uns |
概要

ノイ・ベルリン帝国(独: Neu Berlin Kaiserreich)は、第一次世界大戦後に成立した未承認国家。ドイツ帝国海軍の残存艦隊および軍関係者によって建国された亡命政権であり、現在も自らをドイツ帝国の正統な継承国家と主張している。
第一次世界大戦末期、ドイツ帝国の敗北が決定的となった際、一部の海軍部隊は連合国への降伏を拒否し、遠洋活動中であった艦艇を中心に独自の行動を開始した。戦後、これらの残存勢力は国際社会から注目されていなかった孤島群を占領し、拠点を建設した。占領地はノイ・ベルリンと改称され、同地を中心としてドイツ帝国の亡命政府が樹立された。
しかし、ノイ・ベルリンは国際的な承認を得ることができず、現在のドイツの政治体制とも断絶していることから、多くの国家からは正式なドイツ政府ではなく、ドイツ帝国海軍の残存勢力を母体とする軍事政権として認識されている。一方、同国政府は現在に至るまで帝国の継承性を主張しており、旧ドイツ帝国の国旗、制度、軍事的伝統などを維持している。
政治
ノイ・ベルリンは、帝国制と軍事評議会制度を組み合わせた軍事評議会体制を採用している。
建国当初から軍部が国家運営の中心を担っており、第一次世界大戦末期に成立したルーデンドルフ体制に類似した軍事主導型の政治構造が現在まで維持されている。皇帝制度は廃止されておらず、帝国の正統性を象徴する存在として扱われているが、実際の行政、外交、軍事上の権限は帝国軍事評議会が掌握している。
帝国軍事評議会は、海軍提督、軍司令官、行政官などによって構成され、国家の重要政策を決定する最高機関である。特に軍事と外交においては評議会の権限が強く、島嶼国家としての生存と安全保障が国家政策の中心となっている。
一方、限られた人口と資源の中で国家を維持しなければならないことから、近年では軍部主導の政治体制そのものを見直し、民政化や行政改革を求める声も存在している。
帝国軍事評議会には若年の有力者も含まれ、その中でも軍事・外交を含む実質的な国家運営に関与しているあるえは国内外で人気を持つ人物として知られ、特に国外のファンによって結成された📄 あるえちゃんふぁんくらぶは一定の会員数を有している。国外発祥のファンクラブでありながら、その活動はノイ・ベルリン国内にも知られるようになり、あるえ自身の知名度と人気を高める一因となっている。
この状況について政府内部には複雑な見解も存在する。プロテスタントを主要宗教とするノイ・ベルリン帝国では、特定の人物を過度に崇拝・神格化する行為は宗教的には好ましくないと考えられており、一部ではこれを事実上の偶像崇拝とみなす見解もある。しかし、国家として信教の自由を保障していることから、政府がふぁんくらぶの活動そのものを直接規制することはできず、現状では黙認に近い対応が取られている。
外交
ノイ・ベルリンの外交政策は、現実政治(独: Realpolitik)を基本としている。建国当初にはドイツ帝国の旧領回復を掲げる復古主義的な意見も存在したが、国家規模や周囲を海に囲まれた地理的条件から、領土拡張によって帝国を再建することは現実的ではないと判断された。
そのため現在では、帝国の存続と安全保障を最優先とし、帝国を守るための戦争のみを行うという防衛的な外交方針を採っている。防衛上必要な同盟・条約には積極的に参加する一方、領土的野心や資源獲得を目的とする戦争への参加は原則として避けている。
ノイ・ベルリンでは、海上交通の遮断を国家存亡に直結する重大な脅威と認識している。この背景には、第一次世界大戦におけるイギリス海軍によるドイツへの海上封鎖が大きく影響している。ドイツでは戦時中、海外からの食料・原材料の輸入が大きく制限され、深刻な食料不足が発生した。とりわけ1916~1917年のいわゆるカブラの冬(独: Steckrübenwinter)は、海上封鎖と戦時経済がもたらした食料事情の悪化を象徴する出来事として記憶されている。
こうした歴史的経験から、ノイ・ベルリンでは強力な艦隊を保有していても、海上交通と食料供給を断たれれば国家は長期的に存続できないという認識が広く共有されている。そのため、帝国海軍は単なる軍事力としてだけでなく、海上交通の維持と封鎖への抑止力として位置付けられている。
海上封鎖および外交的孤立への備えとして、ノイ・ベルリンは📄 ソラリス連合王国との間に貿易協定および相互防衛条約を締結している。この協定によって、ノイ・ベルリンは安定した食料供給を確保するとともに、海上交通の安全について協力関係を構築した。これは単なる経済協定にとどまらず、人口規模に比して軍事力への依存度が高いノイ・ベルリンにとって、戦争に勝つためではなく戦争になっても国家を維持するための安全保障政策として重要な意味を持つ。また、未承認国家であるノイ・ベルリンが他国と正式な条約関係を築くことは、外交的孤立を避ける上でも重要であり、食料諸島との関係は帝国にとって数少ない安定した国際関係の一つとなっている。
軍事
ノイ・ベルリン帝国海軍は、建国の経緯から海軍を中心とした軍事組織である。
かつて世界有数の海軍力を有したドイツ帝国海軍の残存戦力を基盤としており、現在も帝国海軍(独: Kaiserliche Marine)の名称を維持している。
人口と比較して大規模な海軍力を有している一方、歴史上のドイツ帝国海軍と比較すれば艦艇数は限られており、大規模な艦隊拡張能力も持たない。そのため、現在の軍事方針は広範な制海権の獲得や海外への戦力投射ではなく、島嶼国家としての防衛、海上交通路の確保、敵の侵攻抑止を主眼としている。
しかし、ノイ・ベルリン海軍は単なる旧式艦隊ではない。建国後、各国との交流や技術導入を積極的に進め、国外から得た造船技術、航空技術、兵器技術などを独自に取り入れてきた。その結果、艦艇数こそかつてのドイツ帝国には遠く及ばないものの、技術水準においては列強諸国の海軍と比較しても勝るとも劣らない戦力を構築しているとされる。
宗教
ノイ・ベルリンにおける主要宗教はプロテスタントである。
これはドイツ帝国、とりわけプロイセン王国以来の宗教的伝統を継承したものであり、帝国の歴史的正統性を示す文化的要素として重要視されている。
建国当初、亡命艦隊に所属していた将兵の多くは旧ドイツ帝国軍出身者であり、軍隊内では規律、義務、忠誠を重視するプロテスタント的倫理観が強く残存した。その影響は現在の国家儀礼や軍事文化にも及んでおり、帝国式典や軍事儀礼ではプロテスタントの伝統が色濃く反映されている。
一方、国家による宗教統制は限定的であり、信仰の自由は広く認められている。国内にはプロテスタント以外の信徒も存在しており、政府は原則として各宗派の信仰を保障している。
そのため、国外のファンによって組織された📄 あるえちゃんふぁんくらぶについても、特定の個人を礼拝・神格化するような活動でなければ、政府が宗教的理由のみをもって介入することはできない。これに対して一部の聖職者や保守派からは、あるえへの過度な人気集中を宗教的に問題視する声も存在するが、信教の自由と表現の自由を理由として、その活動は現在まで存続している。
Arue
あるえ(Arue)は、ノイ・ベルリンの帝国軍事評議会に所属する人物。帝国の政治・軍事政策に関与する一方、私生活では比較的穏やかで怠惰な生活を好む人物として知られている。
ドイツ史・宗教史・哲学などを勉強しており、とりわけドイツ帝国を中心とした近現代ドイツの歴史や、プロテスタント思想との関係に関心を持っている。ただし、専門家を自称するほどではなく、本人も勉強中という程度に捉えている。
政治や軍事に携わる立場とは対照的に、普段はかなりのんびりした性格であり、必要以上に働くことを好まない。暇な時間には昼寝をしたり、何もせず過ごしたりすることを好み、できるだけ怠惰に生きることを一種の生活方針としている。
一方で、帝国の存続や安全保障に関わる問題については一定の責任感を持っており、軍事評議会では必要な議論や意思決定に参加している。このため、私生活での怠惰さと公的立場との落差が、その人物像を特徴づけている。
ノイ・ベルリンの主要宗派であるプロテスタントについても一定の関心を持っており、宗教史や神学思想を学んでいる。一方、自身がアイドルとして扱われることについては複雑な反応を示している。
特に、ふぁんくらぶなどで自身が過度に神格化されることには困惑しているとされるが、自らへの人気そのものを拒絶しているわけではない。そのため、周囲からは「困っているように見えて、案外嬉しいのではないか」と評されることもある。